ニューフォークロア – 全曲紹介

文● 内本順一

1. 水色の夏
オープナーに選ばれたのはストリングスとピアノと歌だけの美しくも味わい深いバラード。チェロ=林田順平、ヴァインオリン=島内晶子、ピアノと歌が倉品翔だ。バンドの1stアルバムの始まりにギター、ベース、ドラムの入らない曲を持ってくるというのはなかなかの思いきりだが、「これを1曲目にしたことが今回のバンドの意思表示です」と倉品。彼の頭にはビートルズの「エリナー・リグビー」がイメージとしてあり、それを汲み取りながら林田がアレンジを手掛けた。作詞は延本文音。温度や空気感も伝わる絵画的な描写と、安易な希望に落とし込まずにある種の諦念を含ませるドライな視線は延本ならではだ。歌に関しては「あえて声が掠れ気味のときに録りました。そのほうが回想シーンの映像の粗い感じが生きると思って。それと坂本九さんのように優しく歌うことを意識しました」(倉品)。

2. 君がいなきゃ
アルバムのリード曲。ここからバンドの音が鳴り始め、4人が歩き出すイメージだ。繰り返される「君がいなきゃね」という言葉も含めて耳に馴染みやすく、ラジオフレンドリー。「2回、3回と聴いていくうちにどんどん味が出てくる曲が多い中で、この曲は1回聴いたら全貌がわかる」(延本)というのが、リード曲にした理由だそう。ピアノとプログラミングを清野雄翔が担当。そのピアノの音が寒い早朝の空気感と見送る主人公の心情を伝えているようだ。決して切なすぎるメロディではなく軽やかですらあるが、だからこそ余計に切なさが滲む。作詞作曲は倉品翔で、「君がいなきゃね」の「ね」がいかにも彼らしい。「結局手遅れで、見送ったあとにそんなこと言ってるところが自分っぽいのかなと(照笑)」(倉品)

3. 愛はフロムロンリーハート
ライブではお馴染みで、ファンの人気も高い1曲。原型は2~3年前にあり、その頃からライブで歌われていたが、曲のトーンが明るすぎると感じていた倉品の提案で1年前からキーを半音下げ、延本が歌詞を手直ししていまの形になったそうな。「わかりあうことなんてできないけど、わかりあわなくても一緒にいられるし、わかりあえないその孤独から相手を思う気持ちも生まれるんだなって思って書きました」(延本)。木琴の音色がどこか可愛くてあたたかい。後半のサビでメンバーたちの声が重なってハーモニーになるのは、まさに誰の心にもある孤独から愛が生まれていく様を表しているようだ。

4. ユキノシタ
ユキノシタは本州・四国・九州の山地の日陰や谷川沿いに自生する常緑草。雪が上に積もっても、その下に緑の葉があることから「雪の下=ユキノシタ」と名付けられた。「長野に住んでいたときにその花の名前を聞いていて。遠い昔の実ることなく終わってしまった初恋が雪の下でずっと春を待っていた花に重なるように思えたので、このタイトルを付けました」(倉品)。学生時代の淡い恋心。その当時の物語かと思いきや、終盤で一気に時間軸が動いて場面が変わり、大人になった「僕」のいまの気持ちにハッとさせられる。うまい展開だ。「最後のところでちょっとビックリしてほしくて(笑)」と倉品。因みに延本曰く「寺嶋由芙ちゃんに書いた“初恋のシルエット”のアンサーソングみたいな感じで書けたら面白いんじゃないかと思い、それも意識して」書いたそう。また、曲に関しては「大瀧詠一オマージュをやりたかったんです」(倉品)。島内晶子のヴァイオリンが尚更郷愁を誘う。

5. 宇宙行進
いろいろな星を擬人化した歌詞がユニークな、彼らにしては疾走感も持ったロッキッシュな曲だ。星だけにサウンドも表面はキラキラしているが、土台のリズムはどっしり。つのけんのドラムに熱がある。「星が大好きなんですよ。子供の頃から星座早見表をめっちゃ見てたんで、星の名前はだいたいわかります」(倉品)。「ふたりで神話とかも調べながら、“この星、こういう性格っぽくない?”とか言いつつ性格を当てはめて書いて」(延本)。「2番は全部冬の星なんですけど、カノープスだけ南の下のほうにポツンとあるから、“こいつは奇天烈そうだな”とか言って(笑)」(倉品)。彼らの曲にしては珍しく英語のフレーズが入っているのも新鮮。後半、リズムがハーフになってからの逆回転を含んだ展開も宇宙的で効果あり。

6. ターナー
これもライブでの人気曲。様々なイメージが押し寄せてくる延本文音の歌詞が圧倒的で、彼女のソングライターとしての本領発揮曲とも言えそう。歌詞先行かと思いきや、スタジオ・セッションで曲が先に出来上がり、その世界観から言葉が出てきたものだそう。「ちっちゃい頃から日本の神話とか、“通りゃんせ”のようなわらべ歌の世界が好きなんですよ。日本の空とか森ってたまらない孤独感があるし、宮沢賢治の小説じゃないけどキレイで怖い。メロディからそういう景色が見えたんです。タイトルの“ターナー”はページをめくるという意味の言葉で、“自分の人生が小説だったらいま何ページ目かな。いつになったら次のページに行くんだろな”って考えたときに出てきた。自分の心情が一番表れてる曲かもしれないですね」(延本)。倉品翔のメロディにも広がりがあり、吉田卓史のギターは駈けていく様を表現しているようだ。

7. start over
倉品翔が弾き語りライブでずっと大事に歌ってきた1曲。彼が10代のときにやっていたバンドの時代から歌われていたもので、「自分の過去にリアルに根ざしていて、感傷的なところがもろに濃く出ている」(倉品)。聞けば、ここで「君」と歌われているのは幼い頃に亡くした母親のことだそうな(そう思うと泣かずに聴くことができない……)。そのように極めてパーソナルな1曲だが、決してバンド曲の中で浮くことはなく、「ターナー」からの流れでスッとここに導かれるよう。基本はアコギ弾き語りだが、林田順平のチェロの音色がまさしく母親のように優しくて美しい。また後半で入るグランドピアノの一音も効果的。「あのピアノが入ると、凪いだ海が動き出す感じがする」(延本)。倉品翔の歌唱も実に素晴らしい、ノスタルジックな重要曲だ。

8. Bittersweet Christmas
2014年のクリスマス・ワンマンライブで初披露されたクリスマス・ソング。山下達郎「クリスマス・イブ」にアレンジ面で敬意を払いながらも、エイプリルらしい持ち味をギュッと凝縮。春に発売のアルバムでありながら、この曲を入れることを躊躇しなかったという彼らの気持ちもよくわかるグッドメロディ・ソングだ。作詞も作曲も倉品翔。始まりの駅の音は、歌詞の通り「18時5分発のりんかい線」があることがわかり、彼がボイスレコーダーを持って臨海線大井町駅に録りに行ったものだそう。「りんかい線はお台場にもディズニーリゾートにも行けるし、その時期クリスマスを楽しむカップルがたくさん乗ってるイメージがあるから、この曲に合ってるなと思いましたね」(延本)。気づきによって大人の階段をのぼる主人公の心情とクリスマスの祝いの音とが絶妙に合わさる感じがいい。

9. ラストダンス
曲展開そのものが人生の(生き死にの)循環を表わしているような、動きと遊びのあるナンバーだ。延本文音の歌詞はまさに真理。「ひとと違った生き方をしようとするあまりに人生がおかしなことになってるような人が周りに多くて。一回限りの人生だからってそんな特別であろうとしないで、家族がいて、仕事があって、普通のレベルで幸せなら、ありふれていたってそれでいいじゃんって私は思うんですよ。と、そんなことを考えて書いた曲です」(延本)。厄介な迷路を抜け出たところからの、明るく高らかな人生肯定。諦念の裏返しの軽やかなる「どうにかなるさ」宣言。それが後半、トランペッター mayukoの吹奏や、ミュージカル・タッチの曲調によって、より強いものになっていく。それは決意のようでもあり、祈りのようでもあり。「アルバムの真ん中で孤独の曲が続くんですけど、これは孤独に決着をつける曲。だからここに置きました」(倉品)

10. 太陽(New Folklore Mix.)
2015年に会場限定でリリースされた「太陽」のニューミックス。長野県佐久市のコミュニティFMラジオ局「fmさくだいら」のスポーツスペシャル番組全般テーマソングとして書き下ろされたこの曲は、甲子園によく似合う青春歌だ。「この曲はライブで成長しましたね」と倉品。吉田卓史のギターリフが効いている。今この瞬間だけをひたむきに生きようとする若者たちの熱が音の向こうで湯気のように立ちのぼり、その向こうに夏空が広がっている。ときどき風も吹いている。終盤のコーラスは延本のアイディアだそうだ。その昂揚感。エイプリルの新境地であり、この曲でバンドはひとつの壁を打ち破った。真夏に空を見上げて、いつかのあの日を思い出しながら聴きたい。

11. プロポーズ
その大事なことを、大事にしながら、大事に言うために。「僕」は「君」と過ごした長い日々を思い出している。思い出しながら、伝えたいことと二人分のケーキを持って、「君」のもとへと急いでいる。その時間の「僕」の気持ちがここで歌われている。その時間自体を慈しむかのように歌われている。指輪ではなくケーキを買っていく「僕」の照れと精一杯さがいい。「普段ケーキなんて買わない人が、自分の好きなケーキはどれだろうって選んで買ってきてくれたら、なんだか可愛いし、ときめくと思うんですよ(笑)」と延本。島内晶子のヴァイオリンは「僕」の愛に寄り添うよう。そしてアウトロのピアノの音。祝福のその音が、まさしくふたりの未来に続く道を示している。「そう! 個人的にこのアルバムの中で特によく出来たなと気に入ってるのが、この曲のこのアウトロなんです。この先のふたりの人生をその音に込めることができた気がしているので。ここが一番好きですね」(倉品)

12. キレイ
シンプルだけど、彼らや彼女の、あるいはエイプリルというバンドそのものの歩き方、価値観、人生観、愛に対する考え方といったものがズバっと表現された歌だ。「いままで歌ってきたことも、このアルバムの流れも、全部ここに行き着いて終わる。そういう曲ですね」(延本)。「この曲が一番大きな懐を持っているなと思ったんです。だからこれをアルバムの最後にすることは最初から決めてました。30年後とかにも胸張って歌えそうな気がします」(倉品)。そう、まさしくエバーグリーン。シュガー・ベイブ的なポップ感のあるアレンジも洗練されてて親しみやすく、言葉とメロディをより輝かせている。柔和で、フレンドリーで、あったかくて、小器用さがなくて、けれども芯はとても強い……まるでエイプリルのような曲である。

目次